こんにちは、つぼい歯科クリニック院長の坪井です。

前回に引き続き、自己紹介をさせていただきます。
今回は生い立ちと経歴についてです。

私は生まれは京都の宇治なのですが、父が教育熱心で、幼い頃は情操教育のためにと京都の丹後という海辺の町で育ちました。

ゲームセンターや運動公園はありませんが、代わりに徒歩数分の場所に海と山があり、夏は海水浴、冬はソリとミニスキーという生活です。

丹後ちりめんという織物の産地で、子供の頃はガッチャンガッチャンという機織りの音が町中から響いていたものです。

今は、後継者が少ないのか機織り屋さんはメッキリ減って観光業が盛んな町になりました。
夕日ヶ浦温泉と言いまして、温泉と蟹、あと綺麗なビーチが有名なんですよ。

小学校が徒歩40分(しかしスクールバスには「近所住まいなので」乗せて貰えない)だったのもいい思い出です。

当時は好き嫌いが多い子供で、給食の時間が苦痛でした。
時間内に食べ終われず、昼休みはいつも居残りご飯(食べ終わるまで遊びにいけずに教室で給食を食べること)をさせられていました。

小学校2年生のとき、情操教育より勉強面での環境改善をということで、家族で京都の南部にある宇治に戻りました。

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そこの小学校では、食育に力を入れていまして、給食が給食センターでは無く給食室で専任の栄養士さんが献立を工夫していました。
この給食が美味しくて、小学校1年生までの好き嫌いが転校した後、ほぼ無くなりました。
食育って、本当に大事ですよね。

歯科医師として、地域の皆様の食育に貢献できるよう、今後も情報発信していけたらと思っております。

中高は京都東山の女子校に進学しました。
西本願寺が経営母体の学校でしたので、ことあるごとに「お陰様の人生」・人に感謝して生きなさい、と諭された6年間でした。

大学は広島大学に進学しました。
そこで驚いたのは…瀬戸内気候のすごしやすさ!
夏が蒸さない!冬が寒くない!
あと関西と違ってラッシュがない!

部活は卓球部に所属、大学から始めたへっぽこ選手でしたが、宴会部長…もとい幹事として(4年生時は本当に部長でしたが)活躍しました。

大学卒業後は、部活の先輩が多く、所属していた広島大学小児歯科に入局しました。

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当時、進路相談に乗ってくださった先輩の
「世界標準の矯正やインプラント、義歯などはお金を払えば教えてくれる場所は割とあるけど小児歯科分野は大学くらいしか、世界標準の治療を教えてくれる場所はないよ」と言われたのを覚えています。

小児歯科医局に入局してからは忙しい毎日でした。
朝9時~18時まで診療、18時半~翌日朝3時くらいまで研究、土日は外勤として9時~18時勤務…若さのパワーですね。本当に充実した毎日でした。

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一般的な小児歯科治療や矯正治療に加えて、がんや糖尿病、高血圧などの病気を持った患者さんの治療や口腔ケア、医科の先生と連携しながらの歯科治療、障がい者の口腔ケア、歯科治療、外勤先では一般歯科を学びました。

博士号も無事に取得し、そのまま広大小児歯科の職員になりました。

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大学の助教として、教育者の立場で診療と学生教育に従事しました。
学生からのアダ名は「つぼねえ」、学生時代、教官の先生方に可愛がって頂いたことを学生にしてあげるのが使命と燃えました。
人に「教える」ということを通して、素晴らしい経験をさせて頂きました。

その後、開業を目指して岩国市の松原クリニック歯科と、北九州市の上田歯科医院で勤務医をさせて頂きました。
どちらのクリニックでも歯科医師としてかけがえのない学びと経験をさせて頂きました。
両院長先生には本当に感謝しております。
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学んだことを活かし、地域の皆様のお口の健康に役立てるよう頑張っていきたいと思います。

長くなりましたが、お付き合い頂きありがとうございます。