歯科麻酔 なるべく無痛に近い歯科治療の実現のために
2025年8月21日
はじめに:なぜ歯医者は嫌われがち?
麻酔の歴史は歯科から始まったことはご存じでしたか?
こんにちは、医療法人つぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科 副院長の吉村です。
歯科の麻酔の歴史は19世紀半ば、アメリカの歯科医師ホレス・ウェルズが笑気麻酔(亜酸化窒素)を用いて痛みを抑えた抜歯に成功したことから始まったと言われています。
麻酔が登場するまでは、抜歯はもちろん「無麻酔」で行うので、すごく痛かったんです。
現代でも「歯医者は痛い」というイメージは根強いですよね。
現代の歯医者は麻酔を繊細に使用しますし、なるべく痛みを抑えた治療を心掛けています。
それでも痛みの感じ方は人それぞれですから、同じ麻酔薬を同じように使用しても「まったく痛くなかった!」という人(多数派)と「痛かった…」という人(少数派)に分かれます。
そして過去の痛い経験がトラウマになっている方も少なくありません。
そこで今回は、痛みのメカニズムと麻酔が効く仕組みを分かりやすく解説します。
この記事を読むことで「歯医者怖い!」と思っている方が、仕組みを知ることで、少しでも安心して歯科治療を受けられるようになっていただけると嬉しいです。
1. 歯の痛みはどこで生じる?──歯で感じるのか、頭(脳)で感じるのか
皮膚をつねる、頭をぶつける、指を挟む…こうした“普通の痛み”は侵害受容性疼痛と呼ばれます。
皮膚・粘膜・筋・骨・内臓などには自由神経終末があり、強い刺激が加わると痛み信号が発生します。
歯の痛みの多くも同じ仕組みに属します。
この痛み信号は末梢から脊髄を上行し、視床などの中継を経て大脳皮質で「痛み」として認識されます。
つまり、痛みは脳で感じているのです。
なお、痛み信号は脳に届くまでの経路で**強さが増減する“変調(modulation)”**を受けます。
人によって、あるいは状況によって痛みの感じ方が違うのは、この変調機構が関わるためです。
2. 痛みを伝える神経線維と、その配置
2-1. 2種類の線維が“ズキン”と“じわー”を作る
• Aδ(エー・デルタ)線維
鋭くて速い痛みを伝える線維。
いわゆる「ズキン」という一過性の痛みが該当します。
食事で繰り返し噛むと「ズキンズキン」と連続痛になることも。
• C(シー)線維
鈍くて遅い痛みを伝える線維。
「じわじわと痛む」タイプがこれです。
「まずズキンと来て、そのあとじわーっとする」という典型的な歯痛の表現は、先にAδ線維が働き、続いてC線維が遅れて働くために起こります。
2-2. 組織別:どこがどう痛むの?
• エナメル質
ハイドロキシアパタイトの結晶構造で、痛覚の末端は存在しません。
• 象牙質
象牙細管にAδ線維が多く、鋭い痛みとして脳に伝わりやすい部位。
• 歯髄(歯の中の神経・血管)
C線維が多く、じわじわとした痛みが主体。
硬い歯質に囲まれた閉鎖空間のため、このC線維は非常に敏感で繊細。
繰り返しの刺激で痛みが増強しやすい特徴があります。
• 歯根膜
Aδ線維とC線維の両方が存在。
噛み合わせや打診で感じる鋭い痛み(Aδ)も、病変が進んだときのじわじわ痛(C)も起こり得ます。
時に両者が相互に痛みを誘発することも。
こうした分布を踏まえて、歯科医師はレントゲンや口腔内所見と合わせながら、「どこが痛みの発生源か」を絞り込み、最も悪影響を与えている原因部位を突き止めていきます。
3. 歯科麻酔はどこに効いている?──仕組みをざっくり
痛み信号は神経細胞膜上のNa(ナトリウム)チャネルを介して生じます。
局所麻酔薬はこのNaチャネルを一時的にブロックし、痛みの電気信号の発生・伝導を遮断します。
• 外傷などで神経が損傷された状態では、痛み信号が過剰に発生しますが、麻酔を用いることで強い痛みを感じずに歯髄などの処置が可能になります。
• 歯髄の痛みは繰り返し刺激で増強しやすいため、無痛に近い治療は術後痛の軽減にもつながります。
• 言い換えると、上で述べた**“変調”を人為的にコントロール**している、と考えることもできます。
まとめ
• 痛みは脳で感じるが、その前段で強さが変調されるため、感じ方には個人差が出ます。
• Aδ線維(速く鋭い)とC線維(遅く鈍い)の役割分担が、「ズキン→じわー」という歯痛の正体。
• 組織別の線維分布(象牙質=Aδ、歯髄=C、歯根膜=両方)を理解すると、痛みの原因部位の推定に役立ちます。
• 局所麻酔はNaチャネルをブロックして痛みの電気信号を遮断。
処置中の痛み軽減だけでなく、術後の痛みの抑制にも効果があります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献
• 「歯科における痛みとそのコントロール」 Dental Diamond 2003 第28巻9号
• 『歯内療法学』 第2版 第3章