最近使われるようになった歯科材料と消えていった歯科材料(金属編)
2025年4月21日
こんにちは。岩国のつぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科 副院長の吉村です。
今回も歯科材料分野のブログ(第3回)です。
歯科材料についての過去の記事はこちら
第1回 詰め物を歯にひっつける「接着」と、なるべく削らない歯科治療:MI(ミニマルインターベンション)
https://tsuboidental.com/blogs/archives/7032
第2回 歯科治療と接着性レジンセメントに求められる性質
https://tsuboidental.com/blogs/archives/7106
これまでのブログで書いてきましたが、歯科材料の進化と、それに伴って消えていく材料というのがあります。
20年前、僕の学生時代に、研究室で眺めたり、話に聞いていた材料が現実の臨床で使われる時代になりました。
最近の歯科材料は『体にやさしい』がキーワードのように思います。
その流れの中で、新たに出現した材料もあれば、消えていった材料があります。
今回はその視点で歯科材料を見ていこうと思います。
今回は金属材料編、次回はその他の材料(主には白い材料)にしようと思います。
1.「保険の銀」の特徴
口腔内は極めて過酷な環境です。
口の中では熱いもの、冷たいものが通過し、また酸性のもの、たまにアルカリ性のものが行きかいます。
また、細菌は多い人であれば1兆個(10の12乗)もいます。
環境が悪いと細菌はメチルカプタンなどの硫化水素化合物を出します。
これは口臭の原因でもある、きわめて酸化力が高い毒ガスです。
噴火口の匂いのあれです。
口の中では、金属は錆びます。
歯科治療でいわゆる「保険の銀歯」と言われる、「金銀パラジウム合金(金パラ)」は、金12%、銀50%、パラジウム20%、銅17%で構成されており、その他にもスズや亜鉛、インジウム、アルミニウムなども含まれています。
金銀パラジウム合金という名前ですが、銀が50%なので、要は銀合金です。
銀は加工性が良く、パラジウムは強度を高める効果があります。
金は耐食性を高めるために配合されていますが、口腔内で合金が科学的に安定するのには金やプラチナの合計が全体の75%以上を占める必要があるので、科学的に少し不安定というデメリットがあります。
銀のカトラリーや、銀のアクセサリーが黒くくすんでしまう現象を見たことがある人は多いかもしれません。
銀は硫化水素やメチルメルカプタンといった硫黄系のガスと結合して真っ黒な硫化銀を作る性質があります。

金銀パラジウム合金は、銀の性質(加工性は良いが科学的に不安定)のために金属イオンを放出しやすく、金属アレルギーの原因になったり、メタルタトゥーといって金属イオンが歯茎や歯に入り込むことで周囲の組織に入れ墨のような変色を起こしたりします。
一方で、加工性が良く、強度があるという優れた特徴も持っているため、詰め物や被せ物、ブリッジ、入れ歯などさまざまな形で使用されています。
2.「保険の銀」金銀パラジウム合金の歴史
金銀パラジウム合金の登場
戦後すぐ(1945~1955)には、日本には国民皆保険制度はありませんでした。
食糧難の中、虫歯になる人もほとんどいません。
しかし戦後の復興期(1955~1960)に国民の砂糖使用量が急増、虫歯も同時に爆発的に増えて「国民病」と言われるようになりました。
歯科治療において、安定した品質で安価に供給できる金属が求められました。
そこで1950年代後半に保険収載金属として登場したのが、金銀パラジウム合金でした。
金に比べると科学的安定性は大幅に劣るものの、当時の銀合金や銅合金に比べるとずっと安定していて、「国民病」となった虫歯の安価な詰め物として普及していきました。
金と比べて科学的に不安定という点については、登場当初から慎重な意見は多くありました。
金銀パラジウム合金の健康に対する慎重な意見と海外での使用状況
例えば『補綴歯科』誌(日本補綴歯科学会発行)1950〜60年代の号において、金パラの腐食性や生体適合性について慎重な意見が記載されています。
当時の補綴学者や材料学者の間では、パラジウムの生体への影響や銀の腐食性を懸念する声が、学術論文や座談会、討論記録の中での発言として多く見られます。
特に1959〜1965年ごろの文献に、「金銀パラジウムはコスト優先であり、理想的な補綴金属とは言い難い」とする記述もあります。
少し遅くに日本で開発された接着レジンは、現在では世界中で使用されています。
しかし、同じく日本で開発された金銀パラジウム合金は、日本以外ではほとんど使われていません。
特にパラジウムの使用については、法規制されている国(スウェーデン、ノルウェーなど)や慎重に検討せよとする国(ドイツなど)もあります。

3. 日本でも「保険の銀」金銀パラジウム合金の歯科での消費量は減少している
では、金銀パラジウム合金の日本国内での使用量はどう変わってきたでしょうか?

※ 上記はあくまで歯科用合金としての使用量の推定値です。
※2024年の推定消費量は10トンと言われています。
参考資料:
厚生労働省「歯科用貴金属材料の使用実態調査」
日本歯科材料工業協同組合 年次報告書
貴金属流通統計(田中貴金属、三井金属など)
金銀パラジウム合金はこの5~6年で6割も消費量が減っています。
他の材料の登場や、金属価格の高騰、虫歯の減少など、さまざまな背景によるものです。
まだまだ現役だけれども、使用量を減らし続けている材料だと言えるでしょう。
4. 消えた材料、水銀化合物「アマルガム」
消えていった材料としてはアマルガムがあります。
アマルガムは水銀化合物という意味で、水銀と銀、銅、スズといった金属の化合物です。
金属なのに常温での取り扱いが可能で(鋳造が不要)、固まってしまえば物理的に安定すると「されていた」ため、昔はよく使われました。

現在使われていない理由はデメリットの多さです。
アマルガムのデメリット
・作業時に有毒な水銀が気化してしまう
・科学的に不安定で着色、金属アレルギーの原因になること
・物理的にも強度が弱く、亀裂や破折が頻繁に起こること
・水銀を使用するため環境負荷が高いこと
・2019年の「水俣条約」施行のため水銀使用に対する法的規制が強化されたこと
・保険収載からも外されたこと
などから、現在では新規治療の際の選択肢としては完全に消えました。
5. 新たに登場した金属「チタン冠」
最近日本で保険算定されるようになった金属には、純チタン冠があります。
チタンは酸化すると科学的に安定する材料で、生体親和性が高く、アレルギーを起こしにくいといった特徴があります。
またとても硬い材料です。
5-1)純チタン冠のメリット・デメリット
メリット
・生体親和性が高く、アレルギーが起きにくい
・腐食に強く、口腔内でも安定
・比較的低コストで保険適用が可能
デメリット
・加工に特殊設備が必要で、鋳造や溶接に技術を要する
・見た目が審美的に劣る(銀色)
・複雑な加工が困難であるため単冠にしか使用できない(インレーや連結冠、ブリッジはNG)
科学的に安定している点は金銀パラジウム合金より優れていて、高精度の加工が困難という点は金銀パラジウム合金より劣っています。
5-2)純チタン冠の日本における使用状況

2004年に保険収載されました。
2020年のロシア・ウクライナ戦争でパラジウムの価格が高騰したため(ロシアは主要なパラジウムの生産国です)金銀パラジウム合金の価格が高騰し、保険での使用が困難になった時期に「金銀パラジウム合金の代替金属」として一気に普及しました。

※ 歯科用チタンインプラントとは別の統計です。
5-3)純チタン冠の世界的な使用は非常に少ない
結論から言うと、「純チタン冠を一般的に、しかも積極的に使用している国は非常に少ない」です。
ほとんどの国では、「インプラント体や義歯フレーム、インフラ構造物(コーピング)」にはチタンが使用されますが、単独クラウン(チタンクラウン)としての使用は限定的です。
ただこれは、「有害だから」ではなく
「加工に難があるのに、わざわざ純チタンを導入する必要ないよね」
「設備投資して作るのが銀色のチタン冠?白いジルコニアで十分だよね」
という感じです。
背景に、「日本は保険で使用する金銀パラジウム合金の代替金属がどうしても必要」という事情があり、
日本以外の国には金銀パラジウム合金は普及しておらず、最初からセラミックやジルコニアが普及していた、という事情があります。

6. 世界最古の歯科用金属で現在も王者、ゴールド
「錆びない。体に優しい。柔らかさもあって扱いも楽。壊れない。そんな材料は存在するのか?」と言われたら、存在します。金です。
昔から使われており、安定性も高く、とても良い材料です。
6-1)歯科用金属としての金の歴史

世界最古にして、現在も最高の歯科用金属、それが金です。
6-2)歯科用金属としての金の特徴
加工性: 非常に高く、鋳造・研磨・適合性に優れる
耐久性: 長期的に安定し、破損・腐食しにくい
生体親和性: アレルギーリスクが低く、安全性が高い
虫歯の再発: 全ての歯科材料の中で最も起こしにくい
審美性: 目立つ
コスト: 高い
非常によい歯科材料ではありますが、「目立つ+高額」という大きな欠点があります。
特に価格面については、政情不安になって為替への信頼性が下がると、金相場は必ず上がってしまいます。

近年のあまりの相場の上昇に、ゴールドを選択する患者さんが「財テクの一種と思うわ」と冗談を仰るほどです。
7.現在の歯科用材料は「体に優しい」がキーワード
かつて歯科用材料として盛んに使用され、現在では使用量が減った材料の特徴の共通点は
以下の通りです。
長所:操作性、加工性が良い(歯医者が扱いやすい)
短所:科学的に安定性が低い(錆びやすさ、アレルギーの原因になる)
現在では「手間暇よりも、少しでも患者さんの体に良いものを」という価値観が、患者さんにとっても歯科医師にとっても、主流の考えになってきたと思います。
もう一つ言うと、
最も安く、安全で、一番良い材料は自分の自前の歯ですよ!
ぜひ、大事にメンテナンスしてくださいね♪
まとめ
いかがでしたか?
・現在の歯科材料は『体に優しい』が重視されるようになりました。
・金は最古の歯科用金属でありながら、現在でも最も高品質な歯科用金属です。
・最も安全で安価で高性能なのは自前の歯です!
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
歯科レーザー治療のメリットと注意点とは?
2025年4月5日
こんにちは、つぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科の歯科医師 藤東です。
今日は、歯科におけるレーザー治療についてお話しします。
レーザー治療は、虫歯や歯周病の治療、外科処置など、さまざまな場面で活用されている治療法です。
この記事では、レーザー治療の特徴やメリット、注意点 について詳しくご紹介します。

1. 歯科におけるレーザー治療とは?
レーザー治療は、特定の波長の光を利用して、組織を切開・蒸散・凝固する技術 です。
医科の分野では、皮膚科や眼科などでも使用されており、歯科でもさまざまな治療に応用されています。
主に以下のような治療に使われます。
✅ むし歯の治療(小さな虫歯を痛みなく削る)
✅ 歯周病の治療(歯ぐきの炎症を抑え、殺菌する)
✅ 口内炎の治療(痛みを和らげ、治りを早くする)
✅ 知覚過敏の緩和(歯がしみるのを抑える)
✅ 歯ぐきの黒ずみ除去(メラニン色素を除去し、ピンク色の歯ぐきにする)
✅ 根の治療の際の洗浄(蒸散作用を利用して泡の力で洗浄)
*ここでは当院で使用されているエルビウムヤグレーザーについて解説します。

2. レーザー治療のメリット
エルビウムヤグレーザーには、従来の治療方法と比べていくつかのメリットがあります。
2-1)痛みが少ない
レーザーは組織の水分を瞬時に蒸発させながら処置を行うため、神経を刺激しにくく、痛みが軽減されます。
麻酔が必要ない場合もあり、特に歯を削る音や振動が苦手な方に適した治療です。
2-2) 出血が少なく、治りが早い
・止血作用により出血を最小限に抑えられる
・殺菌効果により治療後の感染リスクが低い
・温熱効果によって傷の治りが早い
2-3) 知覚過敏の症状を抑えられる
軽度な知覚過敏に対しては、レーザーを当てることでしみる症状を抑えられる 可能性があります。
ただし、むし歯でしみる場合は削る治療が必要になるため、従来の削って詰める治療が必要です。
2-4) 歯ぐきの黒ずみを改善できる
メラニン色素が沈着して黒ずんだ歯ぐきに対して、レーザーを使用することでピンク色の健康的な歯ぐきを取り戻すことができます。

3. レーザー治療の注意点
レーザー治療には多くのメリットがありますが、すべての症例に適用できるわけではありません。
3-1)深いむし歯には適用できない
レーザーは初期のむし歯や小さな虫歯には有効ですが、象牙質に達したむし歯や神経に近い虫歯には従来の治療が必要になることもあります。
3-2) 保険適用外の治療もある
虫歯や口内炎、歯周病治療など、大半の場合には保険が適用されますが、歯ぐきの黒ずみ除去などは、自由診療(自費診療)となります。
3-3) 金属や詰め物には使用できない
レーザーの種類によっては、金属の詰め物や被せ物に影響を与える可能性 があるため、適用できないケースがあります。
治療前に歯科医師と相談しましょう。
3-4)時間がかかる
レーザーは照射範囲(レーザーの当たる部分)がとても小さく、従来のドリルのような器具に比べて削る力がとても弱いです。
小さな面積で光を当てていくため治療に時間がかかってしまいます。
虫歯治療でレーザーがあまり用いられない最大の理由です。
そのため、お子さんの治療にはあまり向きません(長時間、口を開けて我慢できないことが多いため)。

まとめ
いかがでしたか?
・歯科におけるレーザー治療は、痛みが少なく、出血や感染リスクを抑えられるなど、多くのメリットがあります。
・歯ぐきの治療、知覚過敏の緩和には特に有効です。
・多くの処置にレーザー治療は保険適応で使用できます。
・歯肉の黒ずみ除去は保険適応外になります。
つぼい歯科クリニックではレーザー治療を受けることが可能です。
レーザー治療が気になる方は、お気軽にお尋ねください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
歯科治療と接着性レジンセメントに求められる性質
2025年3月24日
こんにちは!岩国市のつぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科 吉村剛です。
今回も歯科材料分野のブログ 第二弾、歯の被せ物の材料と接着セメントについてのお話です。
まだご覧になっていない人はこちらの記事もどうぞ
第一弾 詰め物を歯にひっつける「接着」と、なるべく削らない歯科治療:MI(ミニマルインターベンション)
https://tsuboidental.com/blogs/archives/7032
1. 歴史的な歯の美意識の変化
時と共に、歯の美意識も変わってきました。
大昔、日本の既婚女性の歯はお歯黒というもので黒く染められていました。
この黒は鉄成分で虫歯予防効果や、虫歯を目立たせない効果がありました。

40年ぐらい前になると時代はバブルです。
わざわざ歯を金に置き換えて闇にキラッと光る歯が、お金持ちの象徴とされました。
昔のミュージシャンの動画とか見ると、金歯よく見ます。
平成時代に入ると、時代は真っ白な歯です。
スポーツ選手や芸能人の歯は紙のような白さの歯をめざし、1995年には「芸能人は歯が命」というキャッチコピーが、流行語大賞にも選ばれました。
一本だけ白くしても逆に目立つので、全体のトーンを合わせることが一般的になりました。
令和の現在はそこから変わって、ナチュラルな歯の色が一般的です。
ただし、昔と比べ明らかに全体的に明るい色が好まれるようになり、特に全体のトーン、バランスがとれていることが求められるようになりました。
歯のホワイトニングをする人も、かなり増えました。
ということで、現在の歯の被せ物の材料は、透明感がありながらも、天然の歯の色調を表現できることが重要になりました。
2.現代の歯の詰め物・被せ物の材質

左:ジルコニア冠(クラウン) 右:エステティックジルコニア冠(クラウン)
上の写真はどちらもジルコニアという、見た目が綺麗な被せ物の材料でできています。
左右の画像を見比べてみてください。
右の方は歯の尖端に半透明の部分があります。
天然の歯も、一番外側は半透明なので、より天然の歯に近い見た目になっています。
現代の「審美補綴物(しんびほてつぶつ)」見た目が綺麗とされる材料は多種あるのですが、代表的なものが上の写真のジルコニアを含めたセラミックです。
このセラミックにも、いろいろな種類がありますし、なんならメーカーごと、製品ごとに違いがあります。
基本的にセラミックはお皿などの陶材から進化した材料です。
硬く、白く綺麗で、歯に近い透明感があり、患者さんからはもっとも人気が高い素材の一つです。
代表的な材料と天然の歯、保険の銀との物性の比較は下記の通りです。

弾性率:大きいほど柔軟性がある
曲げ強さ:大きいほど丈夫
圧縮強さ:大きいほど丈夫
モース硬度:大きいほど硬く耐摩耗性がある
破壊靭性:大きいほど亀裂が出来たときに割れにくい
実はセラミックは天然の歯より、柔軟で丈夫で摩耗に強いのです。
ジルコニアは陶器のような見た目なのに金属より柔軟性があり、耐摩耗性が高いため、しっかり鏡面研磨すればジルコニア冠もお向かいの天然の歯も、摩耗しにくいと言われています。
3.昔はセラミックを歯に直接、接合させることができなかった。
いかにセラミックが優れた柔軟性や丈夫さを獲得しても、人の体重とほぼ等しいという圧力を日常的に受ける歯に、1㎜程度の薄さで被せるとなると、耐久性の問題が発生してしまうのです。
歯と完全に一体化できるならば、天然の歯と等しい性能を発揮できます。
しかし、歯とセラミックの間に「歯科用セメント」の層が入ることにより、その性能を発揮できない時代が長くありました。
硬いものと硬いものをセメントで張り付けたものに、力をかければどうなるでしょう?
セメントの接着強度が低ければ、いかに優れた材料であっても、接合面が壊れてしまいます。
セラミックが天然の歯よりも物性に優れているのに、天然の歯より割れやすいのは、この「接合面が弱い」問題があるからです。
逆に天然の歯は「最初から一塊で継ぎ目がない」からこそ、割れにくいのです。
・「接着性レジンセメント」登場前の、セラミックの問題点

セラミック(実は天然の歯も)は、曲げ強くて強度があっても、一定以上の強い力がかかって一部に小さなヒビが入ってしまうと、ヒビが全体に広がって割れてしまいます。
これを脆性破壊と言います。
お茶碗がひび割れるイメージです。
一方で、金属は薄くても、針金のように曲がる性質(延性と塑性)があるので、強い力がかかっても、強い力がかかった部分が歪むことで力を分散し、全体にはひび割れない性質があります。
こうした理由から、セメントの性能が低く歯と被せ物が一体化できない時代は、セラミック単独の被せ物は存在しませんでした。
昔のセラミックの被せ物は、金属の内冠にセラミックを張り付けた陶材焼き付け鋳造冠(メタルボンド)しかなく、20年前は「綺麗な被せ物」というと、これを指しました。

陶材焼き付け鋳造冠(メタルボンド)
今はあまり人気がない被せ物です
4.接着性セメントの登場が「オールセラミック」時代を作った
接着性レジンの発明により状況が変わりました。
セラミックを歯の表面に強固にくっつけることができるようになったのです。
そして初めて、セラミックの「歯に近い透明感・白さ」「歯に近い弾性率」の特徴を生かせるようになりました。
こうして、現在では自由診療の被せ物といえばオールセラミックという時代になりました。
セラミックだけではありません。
保険のCAD/CAM冠(セラミックの粒子を樹脂で固めた白い被せ物、保険の白い冠)はセラミック以上に歯の接着しにくい材質として知られていますが、接着性セメントの進化によって、現在では脱離の問題はずいぶん少なくなっています。

e-MAX冠(ファインセラミック製)
5.金属 VS オールセラミック
接着性レジンセメントの登場で、現代の歯科治療はまさに「脱金属時代」という様相です。
皆さん、白くて綺麗な方が良いっておっしゃいますからね。
ただ、金属もセラミックも、それぞれメリット・デメリットがあります。
そしてそのメリットとデメリットは裏表の特徴であるともいえます。
・金属は強い力がかかっても歪むことで力を分散するため、割れにくい
↔ 金属は中に虫歯ができても外れないため、虫歯の発見が遅れる、虫歯になりやすい。
・セラミックは強い力がかかると脆性破壊が起きる
↔ セラミックは少しでも詰め物の状態が悪くなったら外れることで、セラミックの下は虫歯に非常になりにくい
・金属は塑性変形するため、薄い被せ物でも割れにくい
↔ 金属は科学的・物理的に不安定で摩耗や金属イオンの放出、硫化銀の形成などが起きる。
長期安定性が低く、アレルギーや変色の原因になる。
・セラミックは変形しないため、被せ物にはある程度の厚みが必要
↔ セラミックは科学的・物理的に安定で、アレルギーや変色を起こさない。
・セラミックは歯にしっかりと接着しないと取れやすい。
防湿やタンパク除去などの前処置をしっかりする必要がある。
樹脂含侵層を作るためのプライマー処理が必須。
↔ 少しでも接着が甘い部分があれば外れるので、中に虫歯ができにくい。
樹脂を歯にしみこませた「樹脂含侵層」は虫歯になりにくくなる。
・金属は弱い接着でもとれにくい。
防湿やタンパク除去をちゃんとしなくても歯につく
↔ プライマー処理はされないことが多い。
タンパク除去処理、防湿が不十分なまま歯に装着されると、虫歯の原因になる。

*金(ゴールド 18K以上)は、他の金属とは異なり、虫歯になりやすい、化学的に不安定、変色を引き起こすというデメリットがありません。アレルギーに対しても、他金属と比較すると起こしにくいです。
金属の延性や塑性変化の性質を持ちながらも、最も虫歯になりにくい歯科材料の一つです。
このように、セラミックにも金属にも長所と短所がそれぞれあります。
私たち歯科医師は、まずは患者さんの価値観をまずはしっかり聞かせていただいて、お口の状態を見て、医学的にできること・できないことをすり合わせていくことで、患者さんお一人お一人に合わせた治療計画を立案させていただくことが大事だと思っています。
まとめ
いかがでしたか?
・歯に関する美しさの常識は時代と共に変化しています。
・セラミックは接着性セメントの進化により、適応範囲が広がりました。
・歯科材料は進化していますがそれぞれメリット、デメリットがあります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
CRの材料学とMI(ミニマルインターベンション)について
2025年3月3日
詰め物を歯にひっつける「接着」と、なるべく削らない歯科治療:MI(ミニマルインターベンション)
こんにちは、岩国のつぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科 歯科医師の吉村剛です。
ここ20年~30年で日本の歯科材料は大きく発展しました。
今回から、歯科材料に焦点を当てて、お話していきます。
1)接着技術が登場する前の虫歯治療
大昔、歯にくっつく材料はないとされていました。
その時代は、金箔などを詰めていくのが最良の治療法とされていました。
その後、精密な印象(型取)をとれる技術が確立し、それを石膏に置き換え、そこで蝋(ろう)で形を作り、金や銀の合金で歯に詰める技術が確立しました。
それが、いわゆる銀歯です。
その頃の詰めやすい・外れにくい形を分類してまとめたのが、アメリカの歯科医師G.V.ブラック(グリーン・バーディマン・ブラック)が1884年に提唱した、虫歯治療における窩洞(かどう)の分類と形成の原則、ブラックの窩洞という分類です。
歯につめものを引っ付ける(接着)技術が発展した今となっては、ブラックの窩洞は「削りすぎ」と言われるようになりました。
しかし、接着技術が発展する前(ほんの20~30年前まで)は、削る量を最小にする方法とされていました。
僕が歯科医師になった20年ほど前は、リン酸亜鉛セメントなどで、歯と詰め物被せ物っをくっつけていました。
この『くっつけて』は、実は「接着」ではありません。
接着と区別して「合着」と言われています。
リン酸亜鉛セメントは、薄く固まる性質があります。
隙間を埋めて、機械的嵌合力(異なる材料や部品が物理的に結合する力)を発揮させていました。
2)接着技術の登場
1990年代からのプライマー、ボンディングの進化とレジンの発達により、材料と歯を科学的に引っ付けることができるようになりました。
「接着」の登場です。
たとえるならば、
・「合着」は木工用ボンド
・「接着」はアロンアルフアのような瞬間接着剤
みたいなものです。

3)歯科の「接着」の仕組み
では、「接着」は、どうして大きな力で歯と引っ付くことができるようになったのでしょうか?
歯の少し内側の構造(象牙質)は、コラーゲン繊維とカルシウム(正確には、ハイドロキシアパタイト)で出来ています。

詰め物を入れるために歯を削った後、削った部分の表面を酸処理すると、象牙質のカルシウムが溶けてコラーゲンの繊維がむき出しになります。
削った面にコラーゲン繊維が絨毯のようにフサフサと広がっているところに、前処理剤(プライマー)を流し込み、コラーゲン繊維と樹脂が混ざり合った層を作ります。
この、樹脂を含んだコラーゲン繊維の層が間に入ることで、材料が歯と科学的に「接着」するのです。
そうは言っても、歯に詰め物や被せ物をくっつけても、外れてしまったということを経験されたり、見聞きされた経験がある、という方もいらっしゃるかもしれません。
次に、接着したのに外れてしまう原因についてもご説明します。
4)接着したのに詰め物が外れてしまう原因
4-1)詰め物や歯が割れた/歯と詰め物の間に虫歯が出来た
レジンは圧縮には強いのですが、引っ張る力に弱い特徴があります。
よって、噛む力のかかり方によっては、歯とレジンの境目などに大きな力がかかってしまい、詰め物や歯が割れてしまうことがあります。
また、目に見えない小さなヒビが原因で虫歯になってしまうこともあります。
この場合はいくら接着がしっかりできていても、詰め物は外れてしまいます。
その他にも、残っている歯の質が少なすぎて、外れてしまうケースもあります。
そのような場合の解決法として、歯の土台や、詰め物のデザインを変更することで、外れにくくできることがあります。
4-2)接着強度が不足した
基本的に、大手歯科材料メーカーの接着セメント(歯科用の糊)は非常に強度があります。
しかし、選ぶ詰め物によっては、接着強度が出にくいものがあります。
代表的なものが保険の被せ物のPEEK冠です。
これは接着が非常に難しい材料で、丁寧に接着しても、他の素材の被せ物と比較すると接着強度が低くなってしまう傾向があります。
対策として、土台の形の工夫で取れにくくする、PEEK冠専用の接着セメントを用いるなどを行います。

PEEK冠

4-3)接着を阻害する因子があった場合
接着を阻害する因子は、何だと思われますか?
答えは、「水」と「空気」です。
歯科用の接着剤は、人体に反応する水溶性の部分(水に溶ける性質の部分)と、樹脂と反応する脂溶性の部分(油に溶ける性質の部分)を持っています。
ボンディング材はアルコールの配合量などで、厳密に水溶性と脂溶性の配合割合を調整しています。
唾液や呼気の水分などにより、水分比率などが少しでもおかしくなると、接着力が下がってしまいます。
そして、空気は樹脂の「硬化阻害因子」であり、しっかり固まるのを邪魔してしまいます。
歯科用接着性セメントを使用する場合は、当院では「オキシガード」という空気を遮断するジェルを使うなどして、接着力をUPさせるようにしています。

*スーパーボンドと言う、空気が接着阻害因子にならない歯科用セメントも存在します。
4-4)TCH(歯牙接触癖)や歯ぎしりなどの、詰め物が取れやすい習慣がある
どれほど接着力が強力でも、それを上回る強い外力が日常的にかかってしまうと、外れてしまうことはあります。
実際の臨床では、これが最も多いかもしれません。
このようなケースでは、接着の力も借りつつ、伝統的なブラックの窩洞で詰め物を作る場合もあります。
5)接着がもたらしたMI(ミニマムインターベーション)歯科
接着剤の進化によって、歯と詰め物・被せ物を、直接くっつけることができるようになり、歯の削り方が変わりました。
より歯を削る量を少なくすることができるようになりました。
それがミニマムインターベンション(最小の侵襲・できるだけ歯を削らない治療)といわれる概念です。
1884年に提唱されたブラックの窩洞は、合着セメントしか世の中にない前提で、取れないようにするための削り方が必要でした。
しかし今は、接着の力を借りて、「取れない削り方」をする必要性が小さくなったためです。
と合着(コメ糊)の対比図-visual-selection-1.png)
接着と合着の対比についての概念図
6)技術革新が推し進める歯科治療の未来
歯科の進歩や流れは、材料の特徴や進化が大きく影響しています。
これはスマートフォンの普及・進化や、AIの進化とともに、私たちのライフスタイルそのものが変化していくことと、よく似ています。
技術の進化により概念が変わってきています。
今回は詰め物・被せ物を歯にひっつける接着性セメントのお話でした。
詰め物・被せ物の材料なども、ここ10年で新しいものがどんどん登場してきました。
もちろん、いわゆる保険の銀歯(金銀パラジウム合金)や、最古の歯科材料である金も、まだまだ現役です。
歯科医院に行くと、いろいろ説明されるけれど、あまりピンと来ないという方も多い、「歯科の材料学」。
次回は接着性とについてと、現在よく使われる材料の材料学などを、深掘りしてお話していく予定です。
ぜひご覧ください。
7)まとめ
いかがでしたか?
・昔は歯に接着する材料がなく、機械的嵌合力で詰め物を歯に付けていました。
・歯のコラーゲンと樹脂を含有する層が作れるようになったボンディング剤の進化により、歯と詰め物が科学的に「接着」できるようになりました。
ここ30年ぐらいの歯科材料の進化です。
・材料の進化に伴い、最小の侵襲で歯科治療するというミニマムインターベンションが可能になりました。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!
MFT特集 その11 リハビリの考え方でアプローチするMFTの実践方法
2025年1月21日
MFT特集 その11 リハビリの考え方でアプローチするMFTの実践方法
こんにちは、つぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科 小児歯科専門医の吉村です。
今回はMFT特集その11 MFTの実際とその考え方をまとめです。
MFT(筋機能療法)や、小児口腔機能発達不全症について詳しく知りたい方は、ぜひ過去の記事もご覧ください。
MTF特集 全リンク(クリックすると、ページに移動します)
当院の筋機能療法(MFT)
1.MFTはリハビリの考え方と似ている
リハビリでは、体の機能がうまく働かなくなったとき、ただ障害された部分を治すだけではなく、他の部分を使って障害された機能を補うことを考えます。
たとえば、私自身の話ですが、よく背中が痛くなることがありました。
症状ケース1
- ・症状 背中が痛い
- ・原因 軽度ヘルニア+姿勢や背中の筋肉と腹筋のバランスが悪い
- ・トレーニング 首の牽引、懸垂運動、背中の筋を意識しながらの運動、腹筋運動などのリハビリ
このように、具体的な動き(トレーニング)を通して体を改善していくのがリハビリの基本です。
リハビリは英語でrehabilitationと言います。
Re(再び)+ habilitate(適応させる、能力を与える)+ion(~すること)で、元は持っていた機能を回復させること、という意味です。
一方でMFTは「ハビリテーションhabilitation」、まだ獲得されていない機能を新たに習得させます。

元あった機能か、まだ獲得されていない機能かの違いで、トレーニングの基本的な考え方は似ているんです。

2.滑舌の問題もリハビリと同じアプローチで
実は、滑舌の問題もリハビリと似た考え方で改善できます。たとえば、「カ行がうまく言えない」という悩みはよくあります。
症状ケース2
- ・症状 カ行の発音が難しい
- ・原因 舌の奥を持ち上げる力が弱い
- ・トレーニング MFT:口腔筋機能療法(舌挙上トレーニング)
トレーニング例
こうした練習を通して、舌の動きを改善し、滑舌を良くしていきます。ただ「舌の奥を鍛えましょう」と言われても難しいですが、具体的な方法を取り入れることで、自然とできるようになるのです。
3.リハビリとMFTの共通点
リハビリの基本は次の5つです:
リハビリの基本
- ・できないことをできるまで練習する
- ・方法を変えて反復練習する
- ・環境を整える
- ・補助具を使う
- ・できない部分を他の人や道具で補う
これらはMFTにも当てはまります。
たとえば、1~3はMFTの練習そのものですし、4や5は矯正装置を使って歯列を整えることが該当します。
4.MFTの明るい未来
MFTがリハビリよりも希望を感じられるのは、練習を頑張れば、できるようになるお子さんが多いことです。神経や脳の障害で動かなくなった部分を改善するリハビリに比べると、MFTは「コツ」をつかむことが重要です。そのコツさえ伝われば、あとは一気にできるようになることが多いのです。
ただし、お子さんの場合、その「コツ」を伝えるのが少し大変だったりします。
私たちクリニックを挙げて取り組んでいますので、みんなで一緒に頑張っていきましょう!
当院の筋機能療法(MFT)
5.まとめ
いかがでしたか?
- ・MFTはリハビリの考え方と同じ方法を用います。
- ・ただ「ここが問題です」と指摘されるだけでは、誰もすぐに改善できるわけではありません。トレーニングを通じて、少しずつ正しい機能を身につけていきます。
- ・トレーニングを繰り返し行いながら、歯並びを整える矯正治療を組み合わせることで、後戻りが少なく、機能がしっかり整った歯科矯正を実現することができます。
今回でMFT特集は完結です!
長い間お付き合いありがとうございました。
MFT特集 その10「かみ合わせのずれとその原因:正中のずれを考える
2025年1月2日
MFT特集 その10 「かみ合わせのずれとその原因:正中のずれを考える」
こんにちは!岩国市のつぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科 小児歯科専門医の吉村です。
今回はMFT(口腔筋機能療法)関連の第10回として、「正中のずれ」について考察します。
かみ合わせのずれや偏咀嚼など、いわゆる「ずれ」の原因を探り、その対応方法について解説します。
正中のずれの原因は大きく分けて以下の2つに分類されます。
正中とは?
正中(せいちゅう)とは、歯科においては、主に上下の歯の中心を指し、特に前歯の中心線を意味します。
正中のずれの原因は?
1.構造の問題(萌出や顎の成長などの問題)
2.機能の問題(偏咀嚼や舌癖などの問題)
それぞれの原因に応じた対応方法も異なるため、まずは正中線のずれを確認し、次に上顎と下顎のどちらに問題があるのかを観察することが重要です。
1.構造の問題
1-1 交差咬合
乳犬歯や犬歯のかみ合わせがずれている場合、下顎が偏位することがあります。
上下顎のバランスが悪い場合に多く、特に下顎が大きい(下顎前突傾向)ケースで見られます。
このような場合、上顎を拡大する矯正治療を行うことで改善が期待できます。

交差咬合:上顎の拡大で改善します。
1-2 乳犬歯の早期喪失
顎が歯に対して小さく、歯が並ぶスペースが不足しているお子さんでは、前歯の生え変わりにともない、乳犬歯が早期に抜けてしまうことがあります。
顎が小さなお子さんの場合、下顎側切歯(前から2番目の歯)が生えるときに、本来ならば乳側切歯という、乳歯の前から2番目の歯とだけ入れ替わらなければならないところ、乳犬歯の根っこも同時に溶かしてしまうことが多いのです。
すると、下顎側切歯が生えてくる7歳前後に、乳犬歯を早期に失ってしまうのです。
乳犬歯が早期に抜けると、永久歯の犬歯が生えるスペースを失ってしまい、結果的に犬歯が八重歯になることがあります。

八重歯(犬歯低位唇側傾斜):矯正治療で改善します。
この場合は、軽度であれば小児矯正によって顎を拡大して歯の生えるスペースを確保したり、重度であれば抜歯による成人歯列矯正による改善が必要になります。
2.機能の問題
2-1 偏咀嚼
歯の位置に問題がなくても、舌癖や歯の喪失が原因で偏咀嚼が起こることがあります。
また、歯の痛みや萌出時の早期接触も偏咀嚼の原因となります。
改善方法としては、以下のようなトレーニングが有効です。
- 普段あまり噛んでいない側(非咀嚼側)での咀嚼トレーニング
- 鏡を見ながら正中を合わせるトレーニング
これらを繰り返すことで、少しずつ癖を改善することが可能です。
チューイングガムを用いたトレーニングがおススメです。
2-2 普段の姿勢
頬杖やうつ伏せ寝など、日常の姿勢もかみ合わせのずれに影響を与えます。
特に、片側だけで頬杖をつくなどの悪習癖がある場合、かみ合わせだけでなく筋肉の付き方にも歪みが生じます。このような場合、以下の対応が重要です。
- 悪い癖を治す
- 周囲の筋肉を正しく鍛える
- 体幹を鍛えるトレーニング
これにより、悪い状態に戻らないよう予防することができます。
MFT(筋機能療法)ではこうした姿勢の矯正なども行っていきます。
当院の筋機能療法(MFT)
まとめ
いかがでしたか?
- 正中のずれの原因は、構造の問題(交差咬合や乳犬歯の早期喪失)と機能の問題(偏咀嚼や姿勢の悪さ)に分けられます。
- 交差咬合や乳犬歯の早期喪失など、構造の問題の場合はMFTよりも矯正治療がより有効です。
- 舌癖や普段の姿勢など、機能の問題の場合はMFTのトレーニングや姿勢改善が効果的です。
偏咀嚼や姿勢の悪さが原因の場合、MFTのガムトレーニングや体幹を意識した筋肉トレーニングを取り入れることで改善が期待できます。
正中のずれを改善するためには、原因を正確に把握し、それに応じた適切な対応を行うことが大切です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
MFT特集 その9 「下唇を噛む癖」咬唇癖ついて考える
2024年11月25日
MFT特集 その9 「下唇を噛む癖」咬唇癖ついて考える
こんにちは。岩国のつぼい歯科クリニック 小児歯科専門医の吉村剛です。
MFT関連の第9回である今回は、「咬唇癖」について考えてみようと思います。
これは第8回で触れました深いかみ合わせ(deep bite)に随伴する症状です。
日本人は顔の構造の特徴から、Deep biteな上顎前突の顔の人が増加しているようです。

*画像は同意を得て掲載しています*
MTF特集1~8はこちら(クリックすると、ページに移動します)
1.咬唇癖とは?
口唇癖は上顎前歯の裏に下口唇を咬む癖で、挟み込まれた下口唇が上顎前歯を唇側に押すため、上顎前歯がさらに前突していきます。

出っ歯だから唇を咬み、唇を咬むから出っ歯が悪化するという、悪循環です。
2.咬唇癖を予防するには「3歳未満で止めること」が重要
乳歯列期に唇にあとが残るほど「下唇を吸う」子供がいますが、乳歯の指吸い癖と一緒で、3歳ぐらいまでにやめれれば歯列への影響は少ないとされています。
これらの癖は授乳などと同じような『吸う感覚』を味わうためにするといわれており、3歳以降も続けるようであれば、癖として定着してしまいます。
癖として定着している場合、自力での改善は意識してもなかなか難しいです。
口唇癖はほぼ無意識でする行動で、ストレスがかかったり、緊張するととくに唇を咬む傾向にあります。
指吸い癖もそうですが、『吸う感覚』が心地よい、と感じている場合は辞める動機がなかなかありません。
3.咬唇癖を治す方法
3-1)噛みたいときには別のことをさせる
唇を咬む癖が良くないことであることを本人に説明した上で、噛みたい時には他のこと、お気に入りの玩具で遊ぶなどといった、他の事をさせるよう誘導するという方法があります。
ただ、前述のとおり、いったん癖として定着してしまっていると、これだけで完全に癖を治すことは難しいことが多いです。
3-2)矯正により口腔の形の改善する+口腔機能の発達を促す
顔が丸く、頬の筋肉が強い場合、下顎が奥に押し込まれています。
(詳しくはこちらの記事もご覧ください:MFT特集その8「笑ったときに下顎の前歯が見えない」ディープバイト(Deep Bite)について考える)
こうした場合、マウスピースなどで前歯のかみ合わせを「浅くする」ことにより、下顎の成長を促すことができます。また、上の前歯を矯正によって引っ込め、上下の前歯の間に下口唇を入らないようにすることが有効です。
また、口腔機能の発達不全が背景にある(唇の力が弱い・咬合力が未発達・舌を上に持ち上げる力が弱い、など)ことが多いため、MFT(筋機能訓練)により改善を試みることが重要です。
4.咬唇癖は放置すると悪化する
口の習癖は、様子を見ていても、咬合と筋肉の悪循環の作用により徐々に症状が悪化していく事が多いです。口唇癖はその典型です。
正常な発育を阻害する因子は、なるべく早めに矯正やMFTなどを組み合わせて実施して、形の修正・癖の修正を両面から支援することが重要だと考えます。
当院の筋機能療法(MFT)
まとめ
いかがでしたか?
- ・上顎前突、Deep biteでは、唇を咬む癖(咬唇癖)が出やすいです。
- ・唇と咬むから出っ歯が悪化し、出っ歯だから唇を咬む…という悪循環が発生し、咬合と筋肉の作用により悪化していく症例が多く存在します。
- ・咬む行為が本人にとって心地よい場合、自然にはなかなかやめられません。矯正などによる口腔の形の修正と、MFTなどのトレーニング、本人の発達と理解、を通じて正常な発育を阻害する因子を修正してあげることが重要です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
MFT特集 第8回 – 「笑ったときに下顎の前歯が見えない」ディープバイト(Deep Bite)について考える
2024年10月25日
MFT特集 第8回 – 「笑ったときに下顎の前歯が見えない」ディープバイト(Deep Bite)について考える
こんにちは。岩国のつぼい歯科クリニック 小児歯科専門医の吉村剛です。
今回はMFT(口腔筋機能療法)に関連した第8回の特集として、最近よく見られる深いかみ合わせ(deep bite)についてお話します。

MTF特集1~7はこちら(クリックすると、ページに移動します)
MFT特集その1 筋肉量を増やして小児口腔機能発達不全症を治そう
MFT特集その2 「正しい姿勢・咀嚼と嚥下・呼吸」を得るために大事なこと
MFT特集その3 お口の機能発達は10歳までが勝負!
MFT特集その4 お口ポカンの影響と直し方について
MTF特集その5 口呼吸とアレルギー、アデノイド
MFT特集その6 矯正手法とMFTについて
MFT特集その7 舌癖と歯列不正のメカニズムについて
筋肉は、歯並びやかみ合わせに大きな影響を与えます。
第5回でも軽く触れましたが、日本人は丸顔が多く、幼い印象を持たれる顔が多い傾向があります。
骨や筋肉の視点から見ると、下あごの発達が悪く、咬筋が優位になりやすい顔の作りです。
実はこの特徴が、深いかみ合わせの症状と一致しています。
つまり、日本人は深いかみ合わせになりやすい顔の作りであると言えます。
1 ディープバイトの原因と影響
ディープバイトは奥歯をぎゅっと噛みしめてしまう「クレンチング」が原因です。
歯の高さである「咬合高径」は、噛む力と萌出する力のバランスで決まります。
噛む力が強ければ、萌出力が負けてしまい、歯の高さが低くなります。
このディープバイトの問題点は、時間が経つにつれてさらに深くなり(悪化する)可能性が高いことです。
2 下あごの成長とディープバイトの関係
下あごの成長は上あごに比べて遅く、思春期前後にピークを迎えます。
しかし、この時期に咬筋が強すぎると、下あごの発達が阻害され、上顎前突の傾向が強まります。
そのため、思春期前後までにバイトアップやマウスピース矯正など、下あごの発達を促す介入を行うことが有効です。
また、広島大学の研究でも、ディープバイトは自然には改善せず、むしろ悪化することが多いとされています。
3 家庭でできるディープバイト対策
家庭でできる対策としては「クレンチング(噛みしめ癖)予防」が挙げられます。
人間は集中すると癖が出やすく、奥歯を無意識に上下の歯を接触させてしまう癖がつくことがあります(歯牙接触癖:tooth contacting habit)。
これが進行すると、歯を常に噛んでいる状態となり、さらに問題が悪化することがあります。
また、ストレスがかかると歯ぎしりなど、奥歯を強くかみしめる症状が出る人もいます。
人は安静時、「上下の歯が当たっていない状態」が正常です。
上下の歯が接触するのは、食事時間も入れて1日約17分と言われています。
以上より、普段から上下の歯を当てない・噛みっぱなしにしないように意識することが大事です。
4 下あごに負担をかける癖に注意
頬杖やうつぶせ寝など、下あごに負担をかける癖も良くありません。
これらの癖は姿勢に関連しており、自分がどのような状況で下あごに力をかけているかを把握することが重要です。
例えば、ゲームをする時も、口を開けている人もいれば、奥歯をかみしめている子供も多くいます。
最近のお子さんの生活習慣の傾向として、ゲームやスマホなどを長時間するケースが多くみられます。
そうした生活習慣の中で、奥歯をかみしめるにしろ、開けているにしろ、お口の癖が強く影響するようになったと臨床家として感じています。
お子さんの生活の癖や姿勢の癖、お口の癖などを親御さんがしっかりチェックしてあげることが重要です。
当院の筋機能療法(MFT)
まとめ
生活習慣や癖が歯並びに影響することを意識し、「お口の悪い癖」「口腔機能発達不全」を見逃さないことが重要です。良く分からない場合は、お近くの歯医者さんでチェックしてもらってくださいね。
生活習慣の悪化を防ぐためにも、早めの対策がおススメです。
いかがでしたか?
・日本人は丸顔で、ディープバイトになりやすい顔の作りです。
・クレンチングによって下あごが押し込まれ、悪化しやすい傾向があります。
・ゲームなどの集中による癖もディープバイトに影響するため、生活習慣を見直すことが重要です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
MFT特集7 舌癖と歯列不正のメカニズムについて
2024年9月26日
MFT特集7 舌癖と歯列不正のメカニズム~舌の悪い癖と歯並びが悪くなることの関わりについて~
こんにちは!岩国のつぼい歯科クリニック、小児歯科専門医の吉村です。
今回は、MFT(口腔筋機能療法)の第7回として、舌癖がどのように歯並びに影響を与えるかを解説します。
第1章 舌癖と歯列不正の関係
舌癖は「舌が正しい位置にない状態」とも言えます。
舌に力が入っていないと、舌の厚みや模様がはっきりしません。
舌が正しい位置にあれば、力が入り、舌の模様がはっきりします。
例えるなら、牛タンのブロックのように厚みがあり、縦にしっかりとした形が舌の正しい姿です。
舌が弛緩して低位になると、上下前歯の間か、下顎に収まるようになります。
- ・舌が上下の前歯の間に収まるようになれば、舌突出癖が誘発され、『開咬』になります。
- ・舌が下顎に収まってしまえば、下顎歯列が拡大されて、『反対咬合』の傾向を呈してきます。
- ・上顎は舌の刺激が少ないため、横幅が狭く、口蓋が高く(上顎のくぼみが深く)なります。
- ・低位舌の場合、口輪筋が発達不全をおこし、お口ポカン(口唇閉鎖不全)になりやすくなります。
- ・お口ポカンになると、前歯は『出っ歯』の状態を呈する場合があります。
第2章 舌癖が発音に与える影響
舌癖は発音にも影響を与えます。
舌が正しい位置にないと、サ行やタ行の発音がくぐもった音になり、ナ行やラ行も正しく発音できなくなることがあります。
話している内容は通じるのですが、もごもごしゃべっている感じとか、飴玉をなめている感じという印象になりやすいです。
また、舌癖に関連する他の口腔悪習癖も、改善の難易度に違いがあります。
個人差はありますが、一般的に改善しやすいものとしにくいものに分けられます。
◆改善しやすいもの:原因が明確で、その癖を継続している期間が短いもの
- ・口唇閉鎖不全
- ・咬合力の低下
- ・弄舌癖
- ・口唇癖
- ・一部の歯列異常(非骨格性のもの)
◆改善しにくいもの:複合的な要因によるもの
- ・口呼吸
- ・構音障害
- ・異常嚥下癖
- ・長期の指しゃぶりや咬爪癖
複合的な要因によるものは、歯科的なアプローチのみでは治療が難しいことがあります。
舌癖は「舌を自由に動かす」感覚が失われている場合が多いです。
MFTや矯正治療を通じて、自由に動かせる舌と理想的な歯並びを手に入れましょう。
当院の筋機能療法(MFT)
まとめ
いかがでしたか?
- ・舌癖がある舌は力が入っておらず、厚みがなく、模様やしわがはっきりしていないという特徴があります。
- ・舌が低位である場合、上下前歯の付近に存在すれば開咬となり、下顎に位置すれば下顎前突になりやすいです。
- ・舌癖がある場合、構音障害(くぐもったような発音)になることがあります。
- ・舌の習癖には治しやすいものと治しにくいものがあり、舌癖のある期間の長さで治療難易度が変わります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
歯並びが治れば滑舌が改善する!?~滑舌と歯並びの関係~
2024年9月19日
歯並びと滑舌の関係
1. はじめに
こんにちは、つぼい歯科クリニックの院長 坪井です。
お子さんの滑舌が悪いことで悩んでいるお母さま方へ、今回は歯並びと滑舌の関係についてお話しします。
現代のお子さんの多くが、口唇や舌を正しく使えていないと言われています。
一般的に3割程度のお子さんが、舌や口唇を上手に動かすことが苦手な「口腔機能発達不全症」と言われていますが、小児歯科の臨床に携わる歯科医師の体感としては3割どころではなく、5~7割と感じています。
- 滑舌が悪い
- 舌の可動域が小さい
- 舌を挙上するのが苦手
- 風船を膨らますことができない
- 蝋燭を吹き消せない
- 普段から口が開いている
- 食事がとても時間がかかる
今回は、こうした「小児口腔機能発達不全症」の症状のうち、滑舌と歯並びの関係に焦点を当ててお話しようと思います。
2. 子供の滑舌と歯並び
歯並びが滑舌に与える影響は非常に大きいです。
歯の位置がずれていると、舌が正しい位置に動かず、発音が難しくなります。
例えば、歯並びの横幅が狭く、口蓋(上顎のお椀のような形態)が深い場合、舌を上に持ち上げて上顎に触れさせることが難しくなることがあります。すると「タ行」の発音が難しくなることがあります。
また、上の前歯が前に出っ歯となっていて、下の前歯との距離が大きく空いている場合、舌を上の前歯に擦って音を出す「サ行」が言いにくくなることもあります。
滑舌が悪いと、友達とのコミュニケーションに支障をきたしたり、コンプレックスになったりすることがあるため、可能ならば低年齢のうちに改善したいところです。
3. 歯列矯正の効果
横幅が狭く出っ歯型の歯並びと、正常な歯並びを見比べてみましょう。

横幅が狭く、出っ歯型の歯並び

正常な歯並び
横幅が狭くなってしまった場合、上顎が深くなってしまい、舌を当てるのが難しくなってしまいます。
こうして舌を正常に動かすことが難しい場合、ちょっと籠ったような発音になることが多いです(口蓋化構音)。
歯列矯正治療では前歯を引っ込めたり、(10歳以下の小児の場合は)急速拡大装置と呼ばれる、上顎の横幅をしっかり広げる治療などで、構音が難しくなってしまう原因を治療することができます。

急速拡大装置
4. MFTや言語聴覚士によるトレーニングの併用
歯列矯正だけでなく、筋機能療法(MFT)や言語聴覚士によるトレーニングも有効です。
当院は、口腔機能発達不全症のお子様が矯正治療を行う場合、ほぼMFTも併用しています。
*ただし、お子様の年齢が10歳以上の場合で治療効果が薄いと判断した場合は、ご自宅での簡単なトレーニングの指導のみとさせていただいています。
MFTについては、こちらの記事もご覧ください。
参考リンク:お口の機能発達は10歳までが勝負!
参考リンク:当院のMFTの様子(インスタグラム)
*インスタグラムは音がでますのでご注意ください
5. まとめ
いかがでしたか?
・滑舌と悪い歯並びには関係があり、歯並びを治すことで滑舌が改善することがあります。
・特に「タ行」「サ行」で特に改善が見られます。
・MFTや言語聴覚士によるトレーニングを併用した方が効果的です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。