歯の神経の治療(根管治療・歯内療法)をしたのに、また腫れてしまった! どうして?
2025年5月7日
こんにちは、つぼい歯科クリニックおとなこども矯正歯科 院長の坪井です。
今日は「歯の神経(根っこ)の治療=根管治療」のお話です。
歯の神経の治療は、何度も通院しなければなりませんし、治療中にあまりウガイできなかったりして、大変ですよね。
そんな大変な思いをしたのに、治療してしばらく経ったら、また腫れてきた…という経験をされた方も多いのではないでしょうか?
これって失敗なの?どうして再発してしまうの?という疑問に、今日はお答えしようと思います。
1)そもそも歯の神経(歯髄)って何?
歯の中心部には「歯髄(しずい)」と呼ばれる神経や血管をたくさん含んだ組織があります。
歯科外来では俗に「歯の神経」と言われる部分です。
歯の神経(歯髄)の入っている管状のスペースは「根管」と言われます。

歯の構造
2)歯の根っこの治療が必要になる理由、「歯髄炎」と「根尖性歯周炎」
虫歯や外傷で歯髄に細菌が入り込むと、炎症や激痛が起こります。
虫歯が痛い時、歯髄はまだ生きています。
虫歯菌によって歯の神経が死にかけているときが一番痛いです。
この痛い時の状態が「歯髄炎」です。
その激痛が治まったら、既に歯髄は死んでしまった状態になります。
痛くなくなるので「痛みが通り過ぎた」とホッとするのも束の間、虫歯菌や歯周病菌が根管を通って、歯の根っこの尖端に向かって侵入してきます。
根管を通して歯の根の先にある骨に炎症が起きてしまった状態を「根尖性歯周炎」といいます。
3)根尖性歯周炎(歯の根っこ病気)を放置してはいけない理由は?
この時、体は細菌を全身に波及させまいと、顎骨の中で免疫細胞が応戦しています。
細菌の数が少なければ免疫細胞で抑え込んでしまうことができるのですが、根管の中という広い空間が細菌繁殖の根城になってしまっていて、そこには血管がもうないため、免疫細胞は入っていくことができません。
結果的に、免疫細胞は顎骨の中で「いくらでも細菌が入ってくる」という不利な戦いを強いられる中で、炎症性サイトカインという物質によって歯の周りの骨を溶かすという「犠牲的防御」をとり始めます。
歯の根っこの先の骨を吸収し、排膿路(免疫細胞と細菌の死骸である膿を骨の外に排出させる経路)を作ったり、最終的には感染した歯の周囲の骨をすべて溶かして、感染した歯をまるごと排出したりといった戦略をとります。つまり、最終的には歯が抜けてしまうということです。
4)歯が抜けないように行うのが「根管治療(歯内療法)」
歯髄や根管に細菌感染が起きてしまった後、放置すればいずれ歯が抜けてしまいます。
それを防止するために行うのが「根管治療」です。歯内療法とも言います。
歯の神経がまだ生きている(部分的に細菌感染している)場合は、残った神経を取り除き、根管の内側を無菌に近い状態に整えて薬で封鎖します。
根管に既に細菌が繁殖してしまっている場合は、残った神経の残骸や、前の治療で入れた細菌に汚染されてしまった材料、細菌が侵入した歯の質などを取り除き、根管の内側の菌を「免疫力で抑え込める程度に減らし」て、薬で封鎖します。
ちなみに、根尖性歯周炎になってしまった歯の根管内を治療によって無菌にするというのは歯医者の夢ですが、現在のところそれは「不可能」とされています。
5)根尖性歯周炎になったら根管内部を無菌にできない!?
根管内を無菌にしたい!というのは歯医者の夢で、何十年も「どうしたら無菌にできるか」という研究がされてきました。しかし現在では「根管の無菌化は不可能」とされています。
根管の無菌化ができない理由に、以下があります。
5-1)解剖学的ハードル
レントゲンで見る根管は、太い根っこの中央に1本だけ存在するように見えます。
しかし現実には、植物に根っこのように毛細血管状の細かな根管が網の目のように広がっています。
また、根管の形も複雑で、細い部分や曲がっている部分も非常に多いのです。
そのすべてに根管治療の器具を当てることは不可能で、30~35%の根管壁には治療器具が当たらず、処置できないまま残ることが知られています。
5-2)器具・薬剤の限界
根管内の菌を減らすため、つまようじのような形のヤスリで根管内を清掃します。この時、ヤスリで削られてできた非常に細かな切削片が、ヤスリでで届かない部位に押し出されてしまうことがあります。
5-3)根尖外感染(根管の外の細菌)の問題
根尖性歯周炎が重症化したり、歯周病と合併して根尖・歯周と連続した炎症となっていたりする場合は、根管内の細菌数が減っても根の外にある細菌バイオフィルムから細菌が供給され続けます。
この場合は、治療が難しくなります。
6)根管内は無菌化できない、それでは根管治療の治癒ってどうなっているの?
根管内は無菌にできなくとも、根管治療を行えば症状は軽減・消失します。
・残存細菌が宿主免疫の処理能力以下になれば炎症が起きない
・緊密な根管充填+被せ物による密閉により細菌の栄養供給を断ち、細菌を「休眠状態」にする
・菌が休眠/免疫力によって処理されるようになると、歯の周りの骨が再生する
といったメカニズムが働くためと言われています。
無菌が無理でも、症状が出る「限界以下」の状態に菌を押し込める戦略がとられているわけです。

黄色矢印:根っこの尖端まで根管充填剤は入っておらず、根尖性歯周炎になっている
オレンジ矢印:根っこの先まで根管充填剤は入っていないが、根尖病巣は出来ていない
7)根管治療の成功率は?
残念ながら、日本の保険診療での根管治療の成功率は世界の平均と比べて、かなり低いと言われています。
・成功率の国際比較
各数値は主に過去5〜10年以内の研究報告やレビューに基づいたおおよその値です。細かな条件差があるので、おおよその傾向と思ってください。
それぞれ研究条件が異なるため単純比較は困難ですが、日本では平均的に低め、欧米は高めという傾向が読み取れます。
8)根管治療の成功に関与する因子
日本の保険診療の根管治療の成功率が低いことは、逆に言えば、日本の保険診療で一般的でなく、海外で一般的であることの差に注目すれば、治療成績を上げることができるということです。
日本の専門医による根管治療の成功率が海外並みであることからも、それが分かります。
では、日本の保険治療で一般的でない、根管治療の成功率を下げてしまう要因とは何でしょうか?
8-1)ラバーダム・マイクロスコープ・ニッケルチタンファイルの不使用
特に、ラバーダム防湿の不使用が大きな問題と言われています。
唾液の中には細菌が大量にいるので、根管治療中にしっかりと唾液が入らないように遮断する方が、治療が成功しやすくなります。
他にもいくつかの要因がありますが、根管治療の成功率を上げる器材や設備の普及が進んでいないことも背景にありそうです。
ただ、2022~2024年にかけて、保険診療におけるニッケルチタンファイルの使用料が上がった(150円→1500円)ために、ニッケルチタンファイルの普及は2025年現在、もっと上がっていると思います。
8-2)日本の保険制度による制限
上の表を見て「日本は遅れてる!」と単純に判断していただきたくないのは、保険診療の報酬と使用器材・設備や、治療時間が密接に関係しているからです。
例えば、上の「ニッケルチタンファイルの使用料が150円から1500円に上がった」という事実は、患者さんの負担額で言えば「3割の窓口負担が45円から450円に増えた」ことを意味します。
でも、1本7000~9000円ほどするのに数回使ったら廃棄しなければならないニッケルチタンファイルを、150円では使用できません。1500円であれば、ある程度使えます。
CTも、使えば診断力は格段にUPします。専門医は自費根管治療の際に必ずCTを撮影します。
参考リンク:歯科用CTで出来ること ~根管治療でCTって必要なの?~
しかし日本の保険診療では「3根管以上の歯で、複雑な形態であること」と制限があります。
前歯でも撮影した方が良いのに~というケースでも、保険診療ではできません。
日本の保険診療の根管治療は2000~8000円程度と、群を抜いた世界最安水準である一方、世界標準の治療を行いにくくなってしまうという副作用があるのです。
*海外との比較
アメリカ:保険加入で3~5万円程度・無保険で12~23万円程度
イギリス:保険で1.5万円程度、自費で10~19万円程度(保険は数カ月の順番待ちが必要)
ドイツ:保険外で3.2~16万円程度
さらに治療費用の安さは「説明にかける時間」「ラバーダムをする時間」「隔壁を作る時間」という、治療時間の確保を困難にしている側面もあると思われます。
世界レベルで圧倒的に安くて順番待ちも少ない日本の歯科保険制度は、その利便性と、治療の成功率をトレードしている側面があるのです。
9)自費の根管治療って、どのくらいの差が出るの?
透明模型での検証してみたのが、下の写真です。
左:治療前
真ん中:一般的な保険診療の道具(裸眼・スチールファイル、薬液洗浄)で根管内を清掃したところ
右:一般的な自費診療の道具(顕微鏡・ニッケルチタンファイル・レーザー洗浄)で根管内を清掃したところ
模型なので、天然の歯と同じではありませんが、赤色の塗料の除去状況に差が出ているのが分かります。
実際にはこれに
・ラバーダム防湿(私は保険診療でもなるべく使用しています)
・隔壁(仮封を3㎜厚にキープするために必要です)
・時間(60分枠と30分枠では、どうしても出来ることに差が出やすい)
などの差が加わります。
10)まとめ
いかがでしたか?
・根管治療が再発する原因は、根管内に残存する細菌です。無菌化は不可能ですが、菌数をコントロールすることで治癒が可能です。
・歯の根の病気(歯髄炎・根尖性歯周炎)を放置すると、いずれ歯が抜けてしまいます。
・日本の保険診療は、世界で圧倒的に安い代わりに、世界水準の器材や設備を使用できないという側面があります。
・日本の保険治療は最安ですが、成功率は低くなる傾向があります。
次回は、「先進的な根管治療の材料・器材・設備」の紹介と、それぞれがどのように治療成績をUPさせるかについて解説します。
最後までお読みくださり、ありがとうございました!