海外の小児歯科事情について― 日本との違いから見えてくる「予防」と「矯正」 ―
2026年1月30日
こんにちは。岩国市の医療法人つぼい歯科クリニックおとなこども矯正 副院長の吉村です。
当院は米軍基地が近いこともあり、海外で歯科治療を受けてこられた患者さんも、多く来院されます。
治療の跡を見て「日本と同じだな」と感じることもあれば、「これは少し考え方が違うな」と思うことも少なくありません。
前回は
「世界と日本の口腔健康に対する考え方の違い」
についてご紹介しました。
今回はその続きとして、
「虫歯予防」や「矯正治療」などの小児歯科事情を中心に、日本と海外の違いを分かりやすく解説していきたいと思います。

▼前回の記事はこちら
虫歯は減ったのに、なぜ口の病気は世界最大級の健康課題なのかhttps://tsuboidental.com/blogs/archives/7931
1)フッ素の使い方と定期健診の考え方 ― 海外と日本の違い ―
フッ素の使い方には、国ごとに明確な「戦略の違い」があります。
1-1)海外:水道水フロリデーションという考え方

アメリカやオーストラリアでは、水道水にフッ素を添加している地域が多くあります。
毎日飲む水にフッ素が含まれているため、特別な意識をしなくても虫歯予防ができる、いわば「パッシブ(受動的)な予防」です。
1-2)日本・北欧:個人の選択を重視
一方、日本や北欧諸国では、水道水へのフッ素添加は行われていません。
(一度採用した国でも改めてやめている国も多いです。ちなみに日本では全国一律で実施されたことはなく、過去に京都府山科地区、沖縄県、三重県朝日町などで試験的に行われたのみです。)
これは
「飲料水に何かを加えるかどうかは、個人の選択に委ねるべき」
という哲学的な考え方に基づいています。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただし日本では、虫歯を防ぐために
「子どもの頃から歯科医院や自宅でフッ素塗布を行う習慣」を、保護者の方が積極的に作ってあげなくてはなりません(積極的な予防)。
1-3)日本で推奨されているフッ素の使い方(2023年改訂)
2023年、日本小児歯科学会など4つの専門学会が、フッ素使用の推奨量を見直しました。
現在の考え方は、「高濃度・微量使用」 です。
虫歯予防効果の高い1,000ppmF前後の高濃度フッ素配合歯磨剤を、ごく少量だけ使うという方法が推奨されています。
使用量の目安は以下の通りです。
- ・歯の萌出直後から使用開始
- ・フッ素濃度:900~1,000ppmF
- 年齢別の使用量
- ・2歳まで:米粒程度(1~2mm)
- ・3~5歳:グリーンピース程度(約5mm)
- ・6歳以上:歯ブラシの幅程度(この年代では1,450ppmFが推奨されます)
「歯が生えたらすぐに、効果の高いフッ素を安全な量で使い始める」
これが、現在の学会が示しているフッ素利用の基本的な考え方です。
ちなみに海外では、5,000ppmFの高濃度フッ素歯磨剤が、老年期の根面う蝕に推奨されています。
日本では低年齢児には危険と判断され、市販されていませんが、
世界的な潮流としては
「高濃度を、必要最小限で使う」
という方向に進んでいます。

2)治療的予防という考え方 ― アメリカと日本の違い ―
現在アメリカ(米国歯科医師会:ADAや米国小児歯科学会:AAPD)では、「穴があく一歩手前の、初期むし歯」に対しても、シーラントをすることを強く推奨しています。
2-1)フィッシャーシーラントとは
虫歯になりやすい奥歯の溝を、樹脂であらかじめ封鎖する処置です。
多くの場合、歯を削らずに行え、子どもの虫歯予防として広く使われています。
日本でも、15歳以下の小児に対しては保険診療で実施可能です。
2-2)「予防」から「初期虫歯の管理」へ
システマティックレビュー(多くの研究を統合評価する手法)により、初期虫歯の上からシーラントで物理的に封鎖することで、虫歯の進行を抑えられることが確認されています。
つまりシーラントは、従来の「虫歯予防」に加えて「初期虫歯の管理・治療」という役割も担うようになってきているのです。
※進行した虫歯には適応できないため、正確な診断が重要です。
2-3)アメリカのスクール・シーラント・プログラム(SSP)
アメリカでは、CDC(疾病予防管理センター)がスクール・シーラント・プログラム(SSP)を強力に推進しています。(J Am Dent Assoc.153(10):970-978.e4.)
これは歯科専門家が学校に出向き、シーラントを実施する取り組みです。
背景には、所得による医療格差という社会問題があります。
その結果、「4本のシーラント処置を行うことで、統計的に1本の大臼歯の虫歯発生を防げた(placing 4 sealants would prevent caries in 1 molar)」と報告されています。
虫歯を
「個人の努力の問題」ではなく
「社会全体で解決すべき課題」
として捉えている点が、アメリカの大きな特徴です。

2-4)日本の現状
一方、日本の状況はどうでしょうか。
文部科学省「学校保健統計調査(令和5年度)」によると、全国の12歳児のむし歯保有者率(虫歯経験者割合)は約35%。
子どもの虫歯罹患率は、この数十年で多く低下していますが
「虫歯を克服した」と言える数字ではありません。
一方で、学校歯科医と自治体が連携してシーラント予防を進めている地域は減少しています。
補足:日本も過去には自治体主導のシーラント事業があった
1980~1990年代、12歳児のむし歯保有者率(虫歯経験者割合)は約94%と高水準だった時代には、シーラントやフッ化物応用を公的に導入する議論が盛んに行われました。
一部自治体では、学校歯科健診後に特定学年(6歳臼歯)へシーラントを行う事業もありましたが、全国制度としては定着せず、現在は受診勧告が中心となっています。
ここにも、
「予防は各家庭の選択に委ねる」
という日本の考え方が色濃く反映されています。

2-5)日本とアメリカ、予防に対する価値観の違い
フッ素もシーラントも、疫学的に「虫歯予防に非常に有効」であることが立証されています。
その虫歯予防をアメリカなどは
「社会の課題として、家庭環境によらず子ども全員が受けることができる」
とし、一方日本では、
「各家庭の課題として、各家庭の裁量に任せられるべき」
としているということですね。
どちらが正しいということはありません。
価値観の違いです。
しかし、専業主婦が多かった1990年代と比べて、共働き家庭が多くなった2026年の日本では、
「学校で自動的に虫歯予防しておいてくれたら助かるのに~」という保護者の方は、増えているのではないかな…とは感じています。

3)日本と世界の「歯列矯正」の現状 ― 保険適用を中心に ―
3-1)日本の矯正治療の保険適応範囲
日本では、原則として矯正治療は保険適用外です。
ただし、以下のような国が定めた疾患に該当する場合は、保険診療が認められています。
- ・顎変形症(外科手術を伴うもの)
- ・先天性疾患に起因する咬合異常(口唇裂・口蓋裂、厚労省告示で指定された疾患)
- ・6歯以上の永久歯先天欠如で機能障害を認める場合
これらは、特定の医療機関(大学病院、またそれに準ずる医療機関)において健康保険の認可が得られています。
年間の顎変形症手術件数は約4,000~5,000件と推計されており、日本で矯正治療を受ける人のうち、保険適用となるのは約7%と言われています。

3-2)海外の矯正治療の保険適応範囲
海外では、
- ・放っておくと将来大変になる骨格性の受け口
- ・開咬(前歯が噛み合わない)
- ・成長期を逃すと治療が難しくなる症例
などで、保険や公費が適用されるケースが多く見られます。
スウェーデンの例
子どもの歯科治療が基本的に無料のスウェーデンでは、
矯正治療の必要性(重症度) によって公費負担が決まります。
IOTN(治療必要度指数)が一定以上で、
機能的問題があると判断された場合、全額公費(無料)となります。
用語: IOTN(Index of Orthodontic Treatment Need:治療必要度指数)
歯科矯正が必要かどうかを、「歯の健康(機能)」と「見た目(審美)」の両面から客観的に判定するための指標。医学的・機能的な問題(噛み合わせが何mmズレているか、など)審美的な問題(見た目)の2軸で評価します。
公費(無料)で治療が受けられるのは、原則として「医学的・機能的な必要性が非常に高い(Grade 4, 5)」と判断された子だけです。
例えば、「出っ歯が9mm以上ある」(Grade 5)や「反対咬合(受け口)が3.5mm以上ある」(Grade 4)といった、明確な基準があります。

3-3)日本と海外の矯正治療の保険適応の違い
では、歯並びを保険(公費)で治療できる割合は、日本と海外、どちらが多いのでしょうか?
- ・デンマーク:18歳以下は矯正治療も含めて全額が公費負担(100%無料)
- ・スウェーデン、イギリス、ドイツなど「重症を救う」:疾患名に関わらず、ガタガタの度合い(IOTN)が基準を超えれば一律無料・公費カバー率20~30%
- ・フランス・アメリカなど「民間保険・公的支援混合型」:民間と公的な保険の混合により、自費負担を軽減する方式です。フランスは16歳未満なら公費カバー率30%以上、アメリカは民間保険のプランによる、という感じです。
- ・日本、イタリア、ブラジルなど「自費中心型」:矯正は「個人の審美」と捉えられる傾向が強く、特定の病気(先天性疾患など)以外の公費サポートはありません。
日本において医療保険は「病気を治す」という価値観が強く、顎変形症などの重度症例に対しては世界でも稀なほど手厚いサポートがありますが、一般的な不正咬合までを含めた『広い意味での医学的必要性』へのカバー範囲は、他の先進国より限定的であると言えるでしょう。

もっと踏み込んでいえば、日本は
「その不正咬合による将来的なリスクを予防する」
という点よりも
「今、すでにある疾患を治療する」
という点が重視されています。
「病気の予防は自費で」
「すでに発症した疾患の治療は保険で」
これが日本の医療保険制度です。

そのため、癌や脳血管障害といった重大な病気にかかった際には、誰もが高度な医療を安価に受けられるという、世界に誇るべき安心な体制が整っています。しかしその反面、「病気を未然に防ぐ予防」については、自己負担(自費)が原則です。
「病気になってから治す」ことへの手厚いサポートがある一方で、
「病気にならないための投資」が個人の判断に委ねられているのです。
これは、小児歯科医としての個人的意見にはなりますが、
「悪くなってから治す」ばかりでなく、
「悪くなりそうだと分かっている症例」「安価な費用で予防可能な病気」にはもう少し、公費サポートの範囲を広げても良いのではないかとも感じています。

コラム: 日本では「保険適応疾患」ではない「不正咬合」が起こすリスクのある疾患
日本の保険制度では「見た目の問題」とされがちな不正咬合ですが、放置することで以下のような全身の健康を脅かす「疾患」のリスクを高めてしまいます。
虫歯・歯周病(慢性炎症)
複雑な歯並びはブラッシングが困難な箇所を生み、細菌の温床となって歯を失う最大の原因を作ります。
上顎前突(出っ歯)による口呼吸
唇が閉じにくくなることで口腔内が乾燥し、自浄作用の低下や免疫力の減退を引き起こします。
低位舌(ていいぜつ)
口呼吸が習慣化すると舌の位置が下がり、歯列のさらなる悪化や顔貌の変化、発音障害を招きます。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)
低位舌によって就寝時に気道が塞がりやすくなり、脳や心臓に負担をかける深刻な睡眠障害の原因となります。
咬合性外傷(こうごうせいがいしょう)
一部の歯に過度な負担がかかる状態が長年継続すると、健康な歯であっても、周囲の骨が溶けたりすることがあります。
咀嚼障害(そしゃくしょうがい)
効率よく食べ物を噛み砕けなくなることで消化器官への負担が増し、栄養吸収の効率を下げてしまいます。
老年期の嚥下障害(えんげしょうがい)
若い頃からの不正咬合や早期の抜歯は、高齢期の「飲み込む力」を低下させ、誤嚥性肺炎のリスクを高めます。
4)日本の歯科保険は「世界に誇れる」
今回は色々と海外の事例の紹介を行いました。
日本には、
- ・国民皆保険
- ・乳幼児健診
- ・学校歯科健診
- ・母子健康手帳/妊婦検診
- ・自治体の節目歯科検診
といった、世界に誇る充実したシステムがあります。

日本の予防・治療の意識、知識は決して低いわけではありません。
早期発見、早期受診勧告の仕組みは十分に整備されているのです。

一方、日本では
「予防は自費」
「予防は各家庭に任せる」
という考えが根底にあるため、
既に疾患としてあるものの治療には手厚い公的サポートがある一方で、
未病(病気になるリスクが高い状態、病気一歩手前の状態)に対するサポートは少ないことがお分かりいただけたと思います。
だからこそ、歯科検診で早期発見・早期受診勧告を受けたら、早めに歯科医院に受診されることをおススメします。

5)まとめ
いかがでしたか?
- ・日本では水道水にフッ素が入っていないため、家庭での積極的なフッ素使用が重要
- ・現在のフッ素使用は「高濃度・微量」が基本
- ・日本の医療制度は「治療重視・予防は自助」が特徴
- ・早期発見・受診勧告の仕組みは整っているため、指摘を受けたら早めの受診を
最後までお読みいただき、ありがとうございました!






